吉 信 康 夫(集合論)

巨大基数公理の研究


 私は、数学基礎論、特に公理的集合論を専門に研究しています。19世紀の終り頃、 カントルによって、無限の大きさ(濃度)には色々な種類があるということが 指摘されて以来、集合論という分野は、ごく大雑把にいえば、色々な種類の無限の大 きさの組合せ的性質を明らかにすることを目標にして発展してきました。 一番最初の大事な問題は、連続体問題といって、 自然数全体の集合の濃度と実数全体の濃度の間に別の濃度があるか、 というものです。こういった問題を解決するために、 またカントルの集合論は素朴過ぎてパラドックスを引き起こす恐れがあったことも あって、まず我々が無限集合というものについて 持っている直観的な認識を矛盾なく明確にするため、 ツェルメロやフレンケルといった人達によって 集合論の公理系 ZFC が整備されました(以後の集合論研究者はほとんどこの 公理系に基づいて研究しています)。

 ところが、ゲーデルとコーエンによって、連続体問題は、ZFC だけでは どちらとも決められないことが証明されてしまいました。 これは、我々の無限集合というものについての認識が、 この問題を解決するには不充分だという風にも考えることができます。 そこで、自然で充分説得力のある新たな公理を仮定して、 この種の問題に決着をつけることが考えられます。ゲーデルは、 非常に強い性質を持った巨大な無限濃度の存在を仮定する(巨大基数公理)ことで、 連続体問題などの独立命題が解決できるだろうと予想しました。 結局、連続体問題そのものについては、この予想は正しくありませんでしたが、 この思想は、後の研究者達に受け継がれ、 実数などについての色々な性質が巨大基数公理から導かれることがわかってきました。

 巨大基数公理のもうひとつの大きな特色は、 それが ZFC と矛盾しないという命題を 単にZFC が無矛盾であるという命題からは導くことができない、 ということ、そして、より大きな基数の公理であればあるほど、 無矛盾であるという命題が強いものになってゆく、という点にあります。

 私は、この巨大基数公理の特に後者の性質を用いて、 集合論における他の無限組合せ論的な命題を、 その無矛盾性の強さという尺度で分類する、 ということに興味を持って研究しています。 もう少し具体的には、非可算正則基数 κ や いわゆる Ρκλ 構造と呼ばれる集合の上での イデアルや定常部分集合の組合せ論を、巨大基数公理を用いて調べています。 小さな濃度の話をしていても、巨大基数が”隠れている”ことがあるのが 面白いところかもしれません。

 この分野を専攻するには、数学の、特に論理的、抽象的なものの考え方に十 分馴染んでおくことが必要です。従って、当大学院でこの分野を研究すること を希望する人は、学部時代に十分に数学の力をつけておいてください。
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