研究活動の概要
研究分野は量子情報科学で、主に量子測定理論、量子集合論、量子通信、量子計算など。
大学院生の頃から、存在論的興味から公理的集合論に、認識論的興味から量子力学の観測問題に強く関心を持つようになり、以降、公理的集合論の方法の解析学への応用、及び、数理物理学的方法での量子測定理論の構築を目指す研究に従事してきました。1984年に、1952 年以来未解決であったI型作用素環の構造に関する「カプランスキー予想」を集合論の強制法による基数崩壊現象を利用して解決しました。この手法は、後に、超準解析学における強制法の研究,及び,量子集合論の研究に発展しました。また、同年、作用素環上の「量子インストルメント(正規化された完全正値写像に値を持つ測度)」の概念を導入して、「量子測定」の概念の数学的特徴付けの問題を解決し、量子測定理論の基礎を確立しました。1988年に、ノースウェスタン大学ユエン教授の提唱した「収縮状態測定」を実現するモデルを構築し、重力波検出限界に関する論争を解決しました。2003年に、「ハイゼンベルクの不確定性原理」を再定式化する、誤差と擾乱の普遍的関係式(小澤の不等式)を発表しました。2012年に、ウィーン工科大学長谷川准教授のグループと共同で中性子スピン測定実験において従来の「ハイゼンベルクの不確定性原理」の破れと「小澤の不等式」の成立を確認する成果を発表しました。
- 量子測定理論の基礎研究
量子力学では、状態、観測可能量、時間発展の概念がそれぞれベクトル、自己共役作用素、ユニタリ作用素群によって数学的に完全に特徴付けられることが知られていますが、「量子測定の概念を数学的に特徴づけよ」という問題は、量子力学の草創期からの未解決問題でした。
作用素環上の完全正写像値測度(量子インストルメント)の一般理論を構築することにより、
この問題を最終的な解決に導き、量子測定に関する一般理論の構築に世界に先駆けて成功しました。
本研究により、量子測定理論を基礎とする量子情報の理論的研究が可能になり、量子コンピュータによる高速計算や量子暗号など守秘性の高い通信を
実現する量子情報技術の理論的解明に貢献しました。
- 重力波検出方式の研究
重力波の観測には、1960年代より、自由質点を監視する「干渉計方式」
と調和振動子を監視する「共振器方式」の二つの方式が提案されてきました.1980年代には、「干渉計方式」には、量子力学の基本原理「不確定性原理」に由来する感度の限界があり,限界がない「共振器方式」が優位とされました [
V.B. Braginsky, Y.I. Vorontsov, K.S. Thorne, Science 209, 547 (1980)
;
C.M. Caves, K.S. Thorne, R.W.P. Drever, V.D. Sandberg, M. Zimmermann, Rev. Mod. Phys. 52, 341 (1980)
].小澤はこの原理に不備があると主張.「干渉計方式」でも重力波測定の精度を上げ,誤差を限りなく小さくできることを量子インストルメント理論に
基づく数理モデルで
証明し [
M. Ozawa, Phys. Rev. Lett. 60, 385 (1988)
]
(ここで導入した測定誤差の概念は,後に不確定性原理を改める
「小澤の不等式」に結びつきました),
観測装置の大型化が容易な「干渉計方式」の優位性を裏付け,1988年に論争を決着させました [
J. Maddox, Nature 331, 559 (1988) ].
1992年から「干渉計方式」を採用した米大学などの実験チーム「LIGO(ライゴ)」が2016年2月,世界初の重力波観測の快挙を達成したと発表しました.
- 不確定性原理の研究
1927年、ドイツの物理学者ハイゼンベルクは、不確定性原理を提唱して、観測が対象の
運動状態を乱すことが避けられないために物理的対象の認識には限界があることを
明らかにし、それによって古典力学の決定論を退けました。しかし、その限界を
与える「ハイゼンベルクの不等式」は、物理的認識の究極の限界を正しく表わして
いないという疑問がありました。
小澤は、1988年に重力波検出方式の研究によって「ハイゼンベルクの不等式」と矛盾する測定のモデルを
構築し、さらに、2003年に発表した「小澤の不等式」によって、あらゆる測定装置に妥当する
新しい関係が明らかにされ、初めて、物理的認識の究極の限界が与えられました
(
日経サイエンス2007年4月号等に紹介記事)。
以後、「ハイゼンベルクの不等式」の反証と「小澤の不等式」の実証が待たれていましたが、名古屋大学とウィーン工科大学の長谷川祐司准教授らによる共同チームが中性子のスピン測定において「ハイゼンベルクの不等式」の破れと「小澤の不等式」の成立を確認。2012年1月、イギリスの科学誌ネイチャー・フィジックス(電子版)に論文を発表しました
Nature Physics DOI:10.1038/NPHYS2194 (2012))。
検証実験により肯定された「小澤の不等式」は、物理的認識の究極の限界を明らかにするとともに、今後、量子コンピュータや量子暗号をはじめとする量子情報技術への応用が期待されています。
- 量子計算量理論の研究及び量子計算の基礎物理学的研究
量子計算機のアルゴリズム的性能限界を究明する目的で、量子 Turing 機械と一様量子回路族の計算量理論の基礎を確立し、「量子 Turing 機械」と「有限生成一様量子回路族」が計算量的に完全な同等性をもつことを証明しました。量子計算機の物理学的性能限界を究明する目的で、モデルによらない誤差解析法を開発し、量子論理素子の精度について、保存法則と不確定性原理(小澤の不等式)から導かれる量子限界を導きました。これらの成果に基づいて、量子計算の実現可能性及び限界性能の研究を行っています。
- 量子情報理論の研究
量子測定理論の成果を応用して、量子推定理論、量子情報理論の基礎を確立し、
電磁場の究極的情報容量を導きました。これらの成果に基づいて、情報量、測定精度、擾乱、エンタングルメント、計算量等の情報理論的資源と物理的資源の間の相互関係を研究しています。
- 超準解析学、量子集合論、及び、量子力学の解釈問題の研究
集合論の強制法を解析学の問題に系統的に応用する目的で、 Boole 代数値集合論に基づく解析学
(Boole 代数値解析学)を展開し、1952 年以来未解決であった、
I型作用素環の構造に関する Kaplansky 予想を強制法による基数崩壊現象を利用して解決しました。
超準解析学に基づいて、
超有限Heisenberg群のユニタリ表現論を確立し、電磁場の位相作用素の問題の解決を導きました。
これらの成果に基づいて、無限小解析学の基礎と数理物理学への応用を研究しています。
また、Boole 代数値解析学の非可換拡張に相当する量子集合論の研究をしています。
- 量子力学の解釈問題の研究
量子力学の解釈問題に関しては、量子力学が描く実在像を明らかにする目的で、
量子物理量の値の意味を巡って、長い議論が続けられています。
一方、
量子測定理論は量子力学の認識論的基礎を与え、
量子集合論は量子力学の存在論的基礎を与えるのに重要な数学理論です。
この二つの理論を有機的に統合することで、現在、解釈問題に向けて、
数学的に確固とした新しいアプローチを提案しています。